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2009年01月18日
七宝引手 その1

桃山七宝引手金具 17世紀
20代の終わり頃、将来骨董部屋の引手に。と求め、今は夢かない
自宅のふすまに付けている。
白雨文庫拝
毎回だが・・・
歌切が好きなのだが、それだけでは生きて行けない。
経切も大好物。
字だけでいいか?と云えば絵も欲しい。
掛物だけ集中して・・・
とはならず、仏教美術も蒔絵も大好物。
はたまた考古も好き・・・
あげくに金石も好きで、時には猿投と李朝白磁も欲しくなる・・・
レンブラントも好きだったりする(流石に欲しいとは思わない。)。
突然ファイアンスが欲しくなったりもする。
年にいっこ自分にとって精一杯よいものを買いたい。
投稿者 sansyuyu : 2009年01月18日 15:41
コメント
白雨文庫樣
こんばんわ玉造部です
良い引手ですね
私引手や釘隠し大好きで集めています
しかしこのやうな象嵌七寳の古いものは中々ありませんね
この時代のものはほとんど木瓜型で模様も似たものが多いです
この時代と申しましたが、實際のところ時代不明です
實際に使用されている建築から言うと寛永から明治ということになってしまいます
白雨文庫樣の時代の見かたや資料がありましたら教えて下さい
本日香紙切が出ましたとの連絡がありました
しかし高價で買えません
パテックフィリップエクストラ懷中時計やオールドオークラをかなり買い込んでしまいました
殘念
投稿者 玉造部 : 2009年01月19日 18:01
白雨文庫 様
こんばんは。お久しぶりです。20代で桃山の七宝引手をご購入とはすごいですね。
私は一体20代で買ったもので(短冊以外には)これといって何をもっていたかなあ。(言い換えれば今、何が手元にあるかのだろう?)
卒業旅行で友人と一緒に何故か近所のアンティークショップの親爺さんの仕入れ旅行に便乗し、ロンドンでは世界的大富豪としてしられる某男爵家の旧(?)別邸で毎夜催される会員制カジノクラブで賭けもせずにただ飯を喰らった挙句、(あたりまえですね。周りで賭け事に興じているのはアラブの大富豪とか、N侯爵といった大貴族やさらにやんごとなきファミリーの方々だったのですから貧乏学生のでる幕はございません。)ロンドンの高級アンティークショップ(いや、高級古美術商というべきか。)で清朝の准官窯ともいうべき『某堂斎銘』が入った『牛血紅』(ようは辰砂の一種ですが。)の瓶を持っていたありったけの現金とカード限度額一杯まで払っても足りず、同行のアンティーク屋の親爺に借金して買ったのは今でも持っています。(帰国したあと両親にこってりしぼられましたが、、、。)当時、数年前にサザビーで乾隆官窯の臙脂単色碗が一対で数百万くらいで落札されていましたから私の買った値段は妥当かそれでも安いくらいでした。(今ではまるで夢のような話ですが。)
すぐにこれまた、中国陶磁の世界では知らない人はいないのではという方(すでに故人)にお見せしたら、『これは君にはもったいない』と褒められたのはうれしかったです。)前置きがものすごく長くなりました。(すみません。)
、
歌切が好きなのだが、それだけでは生きて行けない。→私もです。(それでも今年は是非、水無瀬切がほしい。さらに八幡切がもう一枚是非ほしいです。)
経切も大好物。→そうだ、そうだ。笠置切と鳥羽切がほしいぞ~。
字だけでいいか?と云えば絵も欲しい。→これについては白雨文庫さまの足元にもおよびません。せめて室町末期くらいの白描源氏絵巻の残簡でもでてこないかな~。
仏教美術も蒔絵も大好物。→私もつい先日、京都で平安の仏手を買ってしまいました。それでも手首からの、すらっとして、それでいて赤ちゃんの手のようなふっくらとした手がでてきたなら死力を尽くして買いたい、、、。(この場合、骨董屋さんに多大なご迷惑をおかけする可能性が大ですが、、、。)
蒔絵、室町でいいから錫縁香合の逸品が一つ、あと10年以内にほしい。
はたまた考古も好き・・・ほしい。先年も戦前の某旧皇族の方が学習院在学中に某宮さまから戴いた石鏃を買いました。
レンブラントも好きだったりする(流石に欲しいとは思わない。)。→ほしいです。先ほどの話に出てきたクラブで偶然、お知り合いになった(話しかける栄誉を賜ったというべきか。)侯爵の邸(ずうずうしく押しかけたというべきか。)のサロンにはかけてありました。(エレガントに、いや無造作に、、。)
やっぱり海外の生粋の貴族は違うなあ。(ちなみに一昨年、パリの鴨料理で有名な某店に食事にいった際、お見かけした某公爵は(ここでワインを飲んだら高そう、、、と心の動揺した小市民(私)の隣の席で1985年のロマネ コンティを優雅に飲んでおられましたが。)(あのときほど隔絶したクラッシーの壁を感じたことはございません。)(段々話がそれていきます。)
突然ファイアンスが欲しくなったりもする。→ほしい。ファイアンスのスカラベが夢にでてきます。
精一杯よいものを買いたい。→私もです。ただし、1年に1個というのは無理です。
(それでもあと20年くらいしたら、5年くらい骨董趣味を休業して○リー ウ○○ス○ンでダイヤのネックレスでも買っているかもしれません。。。)ほんとかな、、、。だれに?、、、。
たかぽん 拝
投稿者 たかぽん : 2009年01月19日 22:23
玉造部様。こんにちは。
先ずは、香紙切。
第1手でしょうか?
それならば欲しいです。
でも・・・知らないお店では・・・
其れにも増して、昨年教えていただいた金銅仏の
残欠が頭からはなれません。
何かをどうにかして入手できないものか・・・
以下、引手購入時より現在まで徒然に調べた事と、
所見です。お読み飛ばし下さいまし。
また、ご存知の事ばかりと存じます。お許しを。
襖引手金具は室町時代後期頃より制作がはじまっ
たようですね。
遺例としては制作年代がはっきりしている、大徳
寺聚光院客殿(1566)。
他、一乗谷朝倉氏遺跡出土のものが古いようです。
上記のものは障壁画の水墨画にあわせた素文。
その後、金壁障壁画に似合う、鍍金・刻線・魚々
子が施され、素文の頃と同じ単純な木瓜形の造形
ながら重厚さに、華麗さが加わって行きます。
(勧学院客殿1600など)
技法的にはの頂点と云えるものは、名古屋城の慶
長度引手と寛永度引手であると思われます。
ただし名古屋城引手は、全体に装飾性・技巧性が
高まり、当初の力強さは失われます。
架蔵の引手については、縁座が単純な木瓜形では
無く、また唐草文様が見られ、名古屋城慶長度引
手に近い細工となりますが、手掛かり底の花文・
七宝繋文は勧学院客殿に近い力強さが見て取れま
す。
象嵌七宝の技法でみるに、釉薬の不安定な点が気
になります。それを技術的に初源に近い為、とと
る事も可能かと思われます。
さて、架蔵引手の制作年代ですが、勧学院客殿と
慶長度引手の過渡的要素を持っており、慶長年間
の終わり頃になるのではないでしょうか。
(七宝技法はご存知の如く文禄・慶長の役による
技術の伝播と思われますが、16世紀に遡り得る
違例はないようです。)
長々と失礼をいたしました。
古筆と違い、日々勉強していると云うわけではな
く、また、簡略に述べました。
是非ご意見をお聞かせ願えれば幸いです。
白雨文庫拝
参考文献は下記です。
日本の美術10飾金具
日本の金工 東博
金色のかざり 東博
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月20日 12:38
たかぽん様。こんにちは。
ちょっと急用が・・・
後日お返事差し上げます。
何卒お許し下さいまし。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月20日 12:43
白雨文庫樣
こんばんわ玉造部です
親切な御教示感謝します
さすがに詳しく勉強されていますね
筋が通っており納得できます
とても參考になりました
年代のはっきりしている最古の七寳引手は名古屋城寛永十一年のもので、七寳釘隠しの最古は二条城寛永三年のもののやうですね
ここで問題なのは鈍翁舊藏の傳聚樂第の大型釘隠です
七寳の色數も多く技巧も秀逸でかけ離れた存在です
「日本の美術437飾金具」にはこの作例は載せられていませんですね
聚楽第の傳承にも確信ありません
しかし多數の本に傳聚樂第として載せられています
一般にはこれが16世紀桃山時代の七寳として認識されてしまっていることが多いやうに思えます
自分もこれを桃山時代の代表的七寳とかつては信じていました
しかし作期の確実な作例と比べますと實際はかなり時代の下がるものではないかと思っています
この釘隠の爲に七寳引手の時代考證が間違ってしまっているやうに思えます
七寳好きの〇堂さんの古美術目録にも明らかに大正時代の七寳引手を桃山時代としており、誰も異議ととなえませんでした
實際骨董店で賣られている七寳引手の9割以上は近代の有線七寳で明治後期から大正のものです
古い數々の住宅を見てきましたが、明治の建築に江戸初期の七寳引手と同じものを使用している家を二軒見ました
古い引手を轉用したことも考えられますが
藤原銀次郎邸では24個
群馬縣の廻船問屋では30個位付いていました
はたしてそれだけ多くの引手が揃って残っていたか疑問です
このやうな遺例を見ますとますます解らなくなってきます
投稿者 玉造部 : 2009年01月20日 19:45
こんばんは
二月末の大美の展示会に八幡切(麗花集切)が出るそうです
ご一考ください
ご購入の砌には是非拝見させてください
投稿者 野中の農業用水 : 2009年01月21日 20:49
たかぽん様。玉造部様。野中の農業用水様。
風邪にて発熱中です・・・
後日お返事申し上げます。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月23日 10:45
たかぽん様。こんにちは。
珍しく熱をともなう風邪に参っておりました。
お返事が大変遅くなり誠に失礼をいたしま
した。
仏手ご入手おめでとうございます。
あのお互いにのがしてしまった〇〇さんの
仏手。帰ってこないかと思っています。
私も残欠を買いたいです。
ロンドンでもお求めなのですね。
私は一度ロンギャラさんで買ってみたいで
す(具体的には法隆寺飛天を・・・)。
そう・・・鳥羽切。
御地のお店でまだ売れていなければ10行
の一幅があるのだそうですね。
鳥羽切では最大の断簡の由、これ・・・
買います。と云ってみたいです・・・
白描・・・
猛烈に目無経と梵字経刷白猫伊勢物語を欲
しいです。
掛物は10日に1回掛けかえるくらいの数を
欲しいです。
でも道のりは遠いです。
一年にいっこは無理・・・
たぶん私も・・・
でもそうならざるをえない今日この頃です・・・
なにか買いたいですな・・・
今年はまだ買っていませんし・・・
具体的には願文のある〇〇〇〇経など・・・
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月24日 11:38
野中の農業用水様。こんにちは。
なんとも頭がすっきりしなくって・・・
ご無礼がございました事、御詫び申し上げ
ます。
さて・・・
八幡切ですか・・・
うー・・・
持ってみたいですな。
きっと唐紙もきれいなんでしょうね。
と、
ウェブで調べてみると・・・
会長お付き合いのあるお店じゃないですか。
是非御入手なさって、好古会にお持ち下さ
い。
なにかですね。
これでもかっ と云う位の装飾料紙の古筆
を持ちたいのです。しかも2こほど・・・
八幡切・・・
美しいんでしょうな・・・
後ほどお電話差し上げます。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月24日 11:55
玉造部様。こんにちは。
大変お待たせいたしました。
心より御詫び申し上げます。
熱で少し ぼー としていましたので、誤記が
たくさんありました・・・(いつもですが・・・)
何卒、意を御くみ下さい。
架蔵の引手。
斯様な失敗作でも流通した。と云う点も初源
の七宝技術の拙劣さを思わせ、時代判定の
一助となるかとも考えています。
でも・・・
原籍をはなれると難しくなって参りますね。
鈍翁旧蔵の七宝釘隠は、私も基準作よりは
ずしています。
鈍翁が手あぶりに仕立てた折には、聚楽第
の伝承があったようですので、その頃の時代
判定としては致し方なしだったのかもしれま
せん。
ツレを含め3個確認していますが・・・
流水蛇籠+桐 細見美蔵 鈍翁旧蔵
流水蛇籠 細見美蔵 名品図録46
〃 個人蔵蔵 森川如春庵展51
現在でも細見美&如春図録では桃山時代
17c.&16c.と表記されており、違和感を
感じます。
鈍翁の眼展(五島美)と金色のかざりでは
江戸時代17c.とされており、解説(金色のか
ざり)にて時代訂正がなされています。
多色を使用した七宝。流木の意匠を見るに
17c.も半ばを思わせます。
藤原銀次郎ならば、古い七宝を魯堂さんの
指示で取り付けた。はありなのでしょうね・・・
それは兎も角。
なにか買いたいです。
今後ともご教示下さい。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月24日 12:49
白雨文庫 様
こんばんは。ブログを拝見しておりますと、つくづく思うのは皆様、熱い情熱をお持ちだなあ。と思います。(恥ずかしながら私もその一人ですが。。。)古七宝、いいですね。あらためて架蔵の七宝類を眺めてみると、中国 明時代の有線七宝の手付盃くらいです。双鶴文が可愛らしい小品ですが、日本における有線七宝の歴史は案外浅いのでしょうか?(浅学のためよくわかりません、、、。)
それにしても金工は難しくも、離れ難い独特の魅力がありますね。特に今は伝世の鎌倉時代の和鏡がほしい。状態の良いヤツが、、、。(そんな見果てぬ夢を抱きながら、架蔵の室町鏡を引っぱり出してかつて某航空会社のデザインの基となった地紋を眺めながら「これもなかなかいいじゃないか。何せ、当時は武家伝奏を務めた○○家伝来だし。」などと負け惜しみ(?)にくれております。
ところで、最近は何を買ったかなと考えますとやはり短冊が多いように思います。特筆すべきものは中院通氏の短冊、はたして鎌倉中期の公卿の短冊は存在するんかいな。と少々、半信半疑だったのですが、一昔前まで信じられてきた二条為世短冊発明説は現在完全に否定されて、平安時代には短冊の原型があったらしいといわれているのであってもおかしくはないのですが、、、。とにかく見逃すのが惜しくて買ってしまいました。 今年になって購入した短冊は6枚。(ついでに古筆は1幅、仏手1個、黄瀬戸の盃1つ、玉佩1個、そしてウィクトリアンのダイヤのブローチ(光モノ、結構好きなんです。しかし自分でつけるわけにはいかない(そんな趣味はないです、、、。)ので買っても眺めるだけですが。(う~ん。))
私が大して興味がないのは車と時計くらいです。時計は曽祖父が持っていたパテック フィリップの腕時計が一つと祖父が祖母のためにフランスで買ってきたアンティークの懐中時計(1900年 某公爵が造らせたものだそうです。確かに蓋の両面に打ち出されている紋章は有名でものですが)くらいしか持っていません。職業柄、腕時計を好みませんので、(失くすのです、よく。)専ら1日に一度、螺子を巻いて100年前の『時』を今に刻んでいます。時と共に煩悩はつきません、、、。
たかぽん 拝
投稿者 たかぽん : 2009年01月25日 00:28
たかぽん様。こんにちは。
持つ事と、持たざる事の差は大きいですね。
しかしながら・・・
素人の悲しさ・お金がない悲しさゆえ、いく
ら宗達が好きでもわかるようになりません・・・
伝宗達も買えませんし・・・
長い事骨董をやっていても、ほんの少しで
も目鼻がついたのは古筆のみ。
仏教美術をわかるようになりたいのですが・・・
有線七宝。
守備範囲外ですので、詳しくは存じませんが
江戸も後期。オランダより技術が紹介された
のではないでしたっけ?
でも、明・清よりの技術移入がなかったのは
不思議ですね。
和鏡。
例のお店がまさしく鏡展です。
200点(江戸の柄鏡を含めてですが)も出
すそうです。
是非お出まし下さい。
買えないですな・・・
本ばかり買っています・・・
古筆・古写経が欲しいです。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月25日 11:11
こんばんわ。金工には縁遠いのですが、この七宝引手は
食指がうごきそうになります。緑色がきれいですね。
某カタログで光悦の短冊があり入札したのですが、あえなく撃沈・・・
最近買ったのは伝中将姫の色絵経切ぐらい。
古写経が欲しくてウズウズしております。
草書装飾経切が欲しい!
投稿者 たかたか : 2009年01月26日 00:36
たかたか様。こんにちは。
室町以前のものしか興味がないのですが、
高台寺蒔絵・南蛮蒔絵・引手や釘隠し等
は例外として好きです。
でも優先順位は低いですね。
光悦・・・
昨年拝見させていただいた折、あまりの
美しさにプチブームになっています。
たかたか様の影響です・・・
これ以上苦しめないで下さい。。
でも・・・
光悦ひとつ欲しいです。
宗達派下絵の短冊を何時の日か買いたい
です。
ご教示賜りますと幸いに存じます。
伝中将姫の色絵経切。
いいですね。
先ほどチェックさせていただきました。
後ほどそちらにお伺いいたします。
草書装飾経。
売っているなら買いたいです。
例の唐紙のが欲しいです。
佐野美術館の真・行・草の断簡のツレな
んかも欲しいですな・・・
最終目標は、
・天平絵因果
・関戸古今
ですが・・・
遠すぎます・・・
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月26日 11:09
たかたか様。おはようございます。
唐紙は行書でしたね。
先ずは、愛知切をなんとかしたいです。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月27日 08:11
白雨文庫樣 たかぽん様
こんばんわ玉造部です
たかぽん様の曾祖父樣はパテックの腕時計をお持ちでしたか 驚きました
現在は私のやうな庶民でも中古ぐらいは買える時代ですが、曽祖父樣の時代には王侯貴族でしか持ち得なかった時計です
日本の財閥でもせいぜいJWベンソンぐらいしか持てなかった程です
私もひかりもの大好きです
寳石も集めています
特に翡翠は大好きです(玉造の原料ですし)
七寳の件ですが資料(基準作及び研究書)が乏しく私も大變悩まされています
書物から得た情報と實見した作品から簡単にまとめてみました
七寳の遺品は奈良時代に2例(牽牛子塚古墳出土有線七寳金具・正倉院傳來有線七寳鏡)あるが製作地は不明
その後はしばらく途絶えて江戸時代に入り作期の明らかな遺例が見られる
江戸時代初期に盛行し、建築金具に多用される
江戸時代には二系統の七寳が見られ
その一つは建築金具や水滴等に見られる不透明硝子の象嵌七寳
もう一つは幕府お抱えの七寳師平田家である
平田家は代々金線による有線七寳で透明硝子を使用しているのが特徴です
作品はほとんどが刀裝具である
平田家初代道仁は桃山江戸初期の人で道仁から七寳をしていたといわれるが、在銘品は無く、在銘品は寳暦7年(1757)没の5代目からである
しかし正徳6年(1716)の武鑑には4代目が七寳細工師として載せられているのでその時代には有線七寳が存在していたことになる
江戸時代通常の象嵌七寳と平田七寳は技術がかけ離れており
平田家は技術を外部にもらさなかったやうである
平田家はその技術力より明治期には政府より勲章の製作を依頼された
日本近代七寳の祖は梶常吉(享和3年(1803)~明治18年)とされている
彼はオランダ渡来の七寳を手本に獨學で有線七寳を天保4年(1833)に完成させたが作品はとても少ない
オランダ渡来の七寳とはいうものの常吉の作品を見る限り、それは中國七寳であったことはまず間違いない
その弟子達により七寳は急速にひろまった
現在骨董店で賣られている有線七寳の引手は京都から多く出てくることや京都の町屋に多用されていることからも京七寳の可能性が高いと思っている
時代もほとんど大正時代の家に付いているのでそのころ盛行したやうである
有線七寳で古いものは三井總領家(北家)の本邸のもので明治20年代に中川浄益が作ったものである
三井家の裏紋の桐を意匠化したもので通常の有線七寳引手からみれば粗い模様である
この引手が今ネットオークションに1個出品されています
これから即決價格で落札します
皆様あしからず
投稿者 玉造部 : 2009年01月30日 20:42
玉造部様。こんにちは。
有線七宝。
そうでしたか。江戸の中期にはあったのですね。
明・清よりの技術が入ってきていたと云う事な
んでしょうね。
詳細な記述。大変参考になりました。
有難うございます。
牽牛子塚古墳出土の七宝金具。
これは、以前からいったい何処のものやら・・・
自分の中で得心する答えが出ません。
大雪の山形・赤湯でございます。
そちらは雨の由、お風邪などめしませんよう。
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年01月31日 13:56
玉造部様。白雨文庫様。
こんばんは。玉造部様の七宝に関する造詣の深さに感服しきりです。時計、お好きなんですね。パテック フィリップ、曽祖父は当時、ハイカラなものが好きだったようです。銀食器メーカーとして有名なマ○○ン&ウ○ッ○で、買ってきたという2カラットのダイヤとかまでありました。何故、銀器屋さんでダイヤを買ったんだろう、、、。しかし、明治、大正の頃のカッティングはやはり今ほど洗練されていない気がするんですが、、、。
ちなみに私の義理の母、(いわゆる妻の親です。)は初めて会ったとき指に5カラットのダイヤの指輪をしており、あまりの大きさにガラス玉か人造ダイヤかと思い、「ソレ、本物ですか?」と思わず訊ねてしまいました。(実話です、、、。ちなみにもちろん本物だそうですが、、、。)
以来、給料日を指折り数えて骨董を買い、(余力で)ビクトリアンやジョージアンのアンティークジュエリーを細々と買っているムコ殿(私のことです。ただし養子にはいったわけではありません。)の気持ちは多分、全く理解されません。(涙)
それでも、私は骨董を買い続けます、、、。この歩みを止めるわけにはいかないのです、、、。(なんのこっちゃ。骨董病第Ⅳ期 ターミナルステージです、、、。)
たかぽん 拝
投稿者 たかぽん : 2009年02月02日 22:48
たかぽん様。こんにちは。
何か・・・
何か買わねば・・・
禁断症状が出てきました。
今月なにか予約したいと思いながら、昨年の
未払い金が沢山あります・・・
どうしましょう・・・
白雨文庫拝
投稿者 白雨文庫 : 2009年02月04日 14:38