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2008年10月06日

めぐすり の木が もみじ しています。 もみじ も もみじ しています。

sukosi kouyou.jpg

少し秋が早く来ています。

山はまだなのに、里が少々もみじしています。

平日若干空室有。
プライベート露天で紅葉狩りは如何でしょう。

                                  白雨文庫拝


唐突だが・・・


骨董欲しいものリストに一つ追加が出た。

過日の好古会(古筆研究会)に、ある方がお持ちになった物のツレが
欲しくなった。

床に掛けていただくと・・・

うっわぁー こりゃ美しい。

「しっ 下におろして拝見してよいですか?」(もう大興奮している。)

「ご自由にどうぞ。」

とのお言葉にあまえて・・・

くぉ・・・ くぉりゃぁ・・・ 美しい・・・ (ちょっと言葉にならない。)

ようやく我に返って、

「きっ きれいですね・・・」(たぶん鼻の穴が広がっていたと思う。)

伝 行成筆 往〇〇〇切である。

今まで図版等でしか見た事がなかった。
こんなに美しいとは思わなかった。
そして当然だが、欲しくなった。
絶対入手する事をここに誓い、この場において嫁に云う。

 俺これネラウ☆絶対買う!!


ケダモノの私を止めることは誰にも出来ない。


ついでに書くのはなんだが・・・

諸先生がた。
未発表の研究を好古会にてお話いただき有難うございました。

今後ともご指導をよろしくお願いいたします。

投稿者 sansyuyu : 2008年10月06日 15:07

コメント

こんばんわ玉造部です
現在古筆のことでとてもめいっております

先日古書畫屋さんから目録が届きましてその中に教長の今〇切が載っておりました
安いので飛びつきさうになりましたが、どこかで見たことがあるやうな氣がして他店の目録を見ましたら同じ部分のものが掲載されていました。
しかし冷静に見ると表具が違います
もっとよく見ると罫線がかすかに違います
疑って見たところ筆も微妙に違います
結局別物です
さらに古筆學大成を調べたところそれともかすかに違います

ようするに3枚とも別筆です
他の資料をあさったところ、今〇切には幾種類もの筆跡があります
どれか本物か私にはわからなくなってしまいまいました

古書畫はほとんど偽物だと覺悟していましたが
實際今回の件でとても自身を無くしました
その目録以外の資料が無ければ間違いなく購入していました
(その目録に載っているものが偽物だと斷定できませんが...)

今までは自分の集めた書は半分は偽物だらうなと思っていましたが、この件で9割以上だめじゃないかと思うやうになってしまいました

何を基準にすればよいのでせうか

投稿者 玉造部 : 2008年10月07日 21:12

玉造部様。こんにちは。

申し訳ございません。
繁多の為、ご返信が明後日となります。
少々お待ちくださいませ。

              白雨文庫拝

投稿者 白雨文庫 : 2008年10月08日 11:25

白雨文庫 様
こんばんは。『補任切』購入計画は着々とすすんでおります。(一応。)それでも浮気性ではありませんが、なにか買わずにはいられない。(病気です。)先だっても遊女 桜木の短冊など買ってしまいました。(まあ安物買いですが。)我が貧庫の短冊コレクションには何故か女人短冊も比較的多いのです。昭憲皇太后、貞明、香淳皇后から遊女 桜木まで、なかには当世はやりの篤姫とか和宮 親子内親王などというものまで。ともに公家のN家旧蔵のものですからモノはたしかなんでしょうけど。(数ヶ月前、某番組をみていて「そんな値段がつくんなら売って古筆でも買うわい。」と思わず叫んだら嫁に思い切り白い眼でみられました、、、。)ほかには松花堂の門人 法童坊孝以 筆の『朗詠抄』の巻子とか。(公家にしか興味がないのにどうして持っているんだろう、、、。)
 ところで話題はかわりますが玉造部 様(はじめまして。)のおっしゃる「今○切」私も古書画屋さんの目録みました。ちなみに私の買った今○切も、まったく同じ部分のなぜか初めの二行。ちなみに古筆了佐の極札がついております。どうみても、架蔵のモノの方が筆勢もあってオリジナルだと思うんですけど、ましてや○○荘の先代が某門跡から買って来た手鑑くずしの一枚だし。(しかし20年以上前のものが売れ残ったのか、しまい込まれていたものを出したのかは知りませんが、この話も浮世ばなれしていますね。)それでなくても他の部分にもご指摘のような全く同一の切が存在しますよね。今○切は。不思議な話です。伝 定家の『○条殿切』のように古い時代の精巧な写本が存在したのでしょうか。。。わかりません。しかし、今○切以外にはあまりそうした話は聞かないし。案外、本人が書写した副本だったりして。
実は私も「署名」のない古筆切の伝称筆者と本当の筆者は違うのではないか。と思って一時期、古筆切から遠ざかり、『署名』のある短冊ばかり集めていました。しかしながら短冊は最も古いものでも鎌倉末期から。御存知のように二条為世のものが一番古いといわれていますが古筆は平安時代から。伝 紀貫之だって本当の筆者が違ってもその書の品格や精神性はなんら損なわれることはない事に気づいてまた古筆切を集めはじめました。(ようは病気が進行したということでしょうか、、、。)それでも先月初旬に買った伝 貫之、ろくに内容を確認しなかった私が悪いとはいえ、(マクリだったとはいえ、ものすごく安かったとはいえ、)『源氏物語』でした、、、。そりゃないよ〜。でも知人にみせたら、「あ、この源氏、結構古いよ、鎌倉初期くらいあるんちゃう?」と指摘され、ま、いいか。とあきらめました。(涙)
追伸)行成の往○○○切、アレいいですね。(永○○子だったか『この○をば』という歴史小説のなかに道長が行成に往○○○を書写させたというくだりがあり、あの切はホントに行成が写して道長が持っていたそのものでは。という空想(いや、妄想か。)が頭にひっかかっており、私も一枚欲しいです。(ほしい〜。)
                たかぽん 拝
 

投稿者 たかぽん : 2008年10月09日 01:04

玉造部様。こんにちは。

返信が遅くなり、失礼をいたしました。

私が一番好きな分野ですので、力を込めて返信申
し上げます。
ご存知よりの事、また、失礼な事を書く事があるか
と思いますが、他意はございませんので読み飛ば
してください。

 古書画はほとんど偽物

古筆(経切を含む)が、いわゆる書画と同一である
とは考えておりません。
門外漢(鑑賞陶磁の方)に、
「古筆なんかは書画だよ。」
と云われ、猛反発した事があります。
(そのレベルで仰っておられるのでは無い事は承
知しております。)
しかし、まれに真贋がまぎれる事があります。
これは時折あるとしても、わりに短い時間で解決
するものと思います。

結論を先に申し上げると、

①京橋の〇〇堂さんで購入する。
②研究者の論考を熟読する。もしくは直接伺う。
③自分で努力しまくる。

①・②だけでは他力本願ですので面白くない。
よって③を徹底するよう心がけています。
でも、①・②の場合は、おおげさに云えばまさに
命がけでなさっています。
自分で努力(私も古筆は命がけですが)するのも
限界がある。①・②や同好の方の話をよく聞くよ
うにしています。

とは云え、真偽定かならぬ物がある事も承知して
います。
今城切の問題は聞き及んでいます。

罫線で見分ける事が出来る。との説。
また、これは某古美術商さんよりのまた聞きです
が、その方(これも古美術商さん)は、
「最初の1字で判断がつくようになった。」との
事。峻別は始まっており、近い将来結果が出るか
もしれません。
じゃ君はわかるかね?の答えは、
「ワカリマセン・・・」です。残念ながら買った
事がないからです・・・
でもこの一夏、同筆とされる長谷切を調べる事に
没頭していましたので、おぼつかないながらちょ
っぴりわかる感じもします・・・(長谷切は頼まれ
事で買ったわけじゃないのですが・・・)

また、下記のようにも考えています。
今城切の、ダメとされるものが戦前の入札目録に
も掲載されていますな。
江戸時代に古筆切を詳細に写した物があります。
例をあげれば、
冷泉家→靈元天皇(もしくは後西)周辺にて書写。
おそらく上記のルートと思われる、
伝西行筆「林葉和歌集切」を持っています。
調べるうちに架蔵のものとまったく同じところが
御物(旧東山御文庫蔵)に存します。
仔細に見比べるに、江戸の書写と思われる御物は、
字形こそ上手く写しているものの、その線質はまっ
たく別物で、近世のニオイがする(抽象的な云い
方しか出来ませんが・・・)。
今城切にもそう云うものがあるんじゃないか。と思
うのと・・・

これは・・・新出の資料が出てこないと無理な話で
すが、今城切は教長自筆の古今集を同時代・もし
くは少し後に写した(奥書も含め)。と云う説があり
ますな。
私はこれが以外とあたってるじゃないかしら。と思
います。
写した物が今城切。原本が巷間でダメとされる物
かもしれない。と・・・(その逆もアリ。)

同じ所がある・・・
高野の2の手にて同じ歌を書いてしまって、校正
(の折かは定かじゃないですが)の際に切り出さ
れたのがありますな。
今城切も似たような事があったのかも。
でも・・・仔細に見ると手が違いますな・・・
学大成に所載の物もすべてokじゃないようです
な。今城切以外でも・・・

生意気な事を書きましたが、
「めいらず頑張っていこう!」です。

                      白雨文庫拝

投稿者 白雨文庫 : 2008年10月10日 12:39

たかぽん様。こんにちは。

往〇〇〇切。
見かけたら、何卒先に持たせて下さい。
もう欲しくて欲しくて・・・
頭が破裂しそうです。

絶対買います。

それから・・・
以前も申しましたが、たかぽん様。
「買いすぎです。奥様の云う事を聞きましょう。」
私はすべて言いなりです・・・

                      白雨文庫拝

投稿者 白雨文庫 : 2008年10月10日 13:00

たかはん樣・白雨文庫樣こんばんわ
玉造部です
親切な助言有難う御座います
とても感謝しています
私の周邊には骨董好きの人は多いのですが、古筆の人はいません
これからも色々教えて下さい

私も趣味には命がけのつもりですが
まだまだ命が輕いやうですね
もっと頑張ります

投稿者 玉造部 : 2008年10月10日 21:38

玉造部様。こんにちは。

昨日はアツクなりすぎ失礼をいたしました。

やはり良き同好を友に持つ。が大事ですな。
昨日もシミジミ感じました。
玉造部様へのコメントをupした途端、同好の
友人より電話が掛かってきました。
私は調べがつかない事は、すべてその友人
に聞いています。
残念ですが、私よりはるかに目利きです。
カナイマセン・・・

その友人いわく。
「藍紙の今城切は、〇〇の測定によって、教
長の時代に合致する結果が出たと聞いた。」
との事。〇〇は、ある研究者が発表前ですの
でこの場では申し上げかねますが、その恐る
べき結果(今城切以外)において、この1週
間、頭が ぼょーん としています。
書風による年代の変遷を根底より組み直さね
ばなりません。ちょっとショックで手をつけかね
ています・・・はウソで一所懸命やっているの
でが、やはりパニックにて大混乱しています・・・

長々とスミマセン。
今城切の補足ですが、上記の事もあり、これ
は以前より云われている事ですが、藍紙を基
準として考え、白or薄茶は要注意。
なのでしょう。

私も長年のナゾがあります。
民部切と民部類切は、いったいどうなのか。
とか・・・
戊辰切の下巻(一部上巻にもある)の定信は、
ホントに定信なのか・・・私は違うと思うので
すが・・・

ひとつひとつ解決していきたいと思っています。

でも・・・今一番欲しいのは錫縁香合です。
でも・・・往〇〇〇切を見つけたら、即購入
     します。金策・・・が問題ですが・・・
でも・・・古筆だけでは生きていけない私は
     覚悟が足りないと思います・・・
でも・・・欲しい物は、欲しい。です。

                    白雨文庫拝

投稿者 白雨文庫 : 2008年10月11日 12:06

玉造部 様 白雨文庫 様 
趣味に命がけ、すばらしいですね。
古筆(切)の書写、霊元天皇による冷泉家本の書写は頗る有名ですが、おそらく(これは推測の域をでませんが)江戸時代前期(霊元天皇による御文庫の勅封解除以前)にも古筆の忠実な転写が行われたのではないでしょうか。というのも、江戸時代前~中期、冷泉家には意識的に定家様(ていかよう)を書かなかった、またはほとんど書いていない人々がいます。冷泉為清と、その孫、為久ですが、為清の短冊では現在、定家様のものはほとんど残っていません。にも関わらず、為清による古典の書写本で定家様というより定家そっくりの書のものが少なからず存在します。それは単なる親本の引き写しとは思えないような、渋滞感のないものです。たとえば『○○殿切』なども他所に原本が存在することがわかって、実はあれは写しだったのか。と認識されたとか。また、為久が、定家様を書かない理由としてあまりに定家そっくりな書を書いたために霊元天皇から定家様の書を書くことを禁じられた。という逸話は有名ですが、現在、為久の定家様の短冊は一枚も存在しません。(某古書店の目録に一枚だけでていたことがありますが、あれは息子の為村による若書きの写しと思われます。)短冊には結構そういう事例があって、たとえば若くして亡くなった(16歳)飛鳥井雅知という公家の短冊のほとんどは署名以外、父親の雅章による代筆です。(稀にあるあまりうまくない字のものは自筆ですが。)話がそれましたが、江戸時代、公家はなるべく伝来の古典籍が流出、散逸することを防いだのではないでしょうか。今○切についても、桃山時代にはどういう経路か今○家に伝来したためにその名称がついたのでしょうが、元をただせばおそらく飛○○家に伝来したはずですし、なかでも家祖を伝称筆者とする古筆は特に大切にされたでしょうから、当然、先祖への敬慕の念をこめて副本や丁寧な引き写しが作られたことは想像に難くないのではないでしょうか。いささか、文学的、散文的発想ですが可能性は高いとおもわれます。江戸時代初期には飛○○家の当主が島流しになったり若くして亡くなったりして冷○家同様不遇な時代もあり、古筆の需要と時代の権力者からの半ば強引な所望をかわす必要から生じた結果では。と思うのですが。
 長々とやくたいもないことを申し上げてすみません。
それでも古筆に対する情熱が沸々と湧き上がってくるから困ったものです。「それでも地球は回っている」ガリレオならぬ骨董病第Ⅳ期の重病人です。(治る気は全くありませんが、、、。)
                   たかぽん 拝

投稿者 たかぽん : 2008年10月12日 03:40

たかぽん様。こんにちは。

たかぽん様には及びませんが、頑張る気力は
アリアリです。

おぉ 冷泉家でも定家様を書かない人がいた
のですか。
勉強になります。
でも・・・定家もややこしくって・・・
わかりやすい歌合切を買いたいと思いました
が、値段を伺う前になくなってしまいました・・・

そうそう。
飛鳥井の誰だったか・・・
が、今城切の奥書を書写していますな。現在
京大にあるようですが、三井美にある今城切
奥書の一部と本文が同じで、京大蔵のものに
 観蓮 の名前がある。
観蓮は教長の法名なので、今城切は教長自筆
と、伊藤氏が論考をしたのが最初でしたな。
教長は伝承筆者の飛鳥井雅経の祖父の兄弟な
ので、飛鳥井家に伝来したのは自然の話です
な。それでたかぽん様の極めが了佐ですから、
それ以前に切り出しが始まっている。と云う
事ですな。

骨董は調べれば調べるほど面白いし、深みに
はまっていきますな・・・

毎日楽しいです。
でも仕事はつらいです。
でも仕事をしないと買えません。

買いたい・・・

                   白雨文庫拝

投稿者 白雨文庫 : 2008年10月12日 12:20

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